もう一つの生活習慣病
   
 
 小さい頃は雪が溶けだすと、あぁ春がくる、春休みだ、短靴がはける、自転車に乗れる、などと心の中で新しい時に対するイメージの世界が広がった。北海道の春は遅いけれども、桜が咲き出すと心が浮きだす感じを覚えたものだ。
 自然は変わらない。私達の生活環境があまりにも変わったせいか季節感を感じなくなっている。少なくともテレビや新聞で春が来たなどと報じないし、春に直結した番組もあまり見ることもない。むしろこの春はイラク戦争でマスコミは占有されているし、不気味な異形肺炎の世界的蔓延も心配されている。
 私達の季節に対する感性は鈍磨されてきている。かって私達は季節に応じて心が息づいた。裏山に、小川に、畑に、そして朝にも春を感じた。子供の目でも小枝の芽の膨らみを感じ取れたし、花のつぼみも視界に入れることが出来ていた。
 春を感じ取れなくなった感性は時の経過も感じ取れない。暦を見て初めて月日の変化を知る。もちろん町に出たら季節を知る必要はないし、テレビの番組にも季節は必要ないかも知れない。でも季節に対する感性の鈍磨が、私達の生命に対する感性をも変えてしまい、生きることの感動をも見失わせる結果になっているとしたなら、それも生活習慣病といえる。