四つの生命(いのち)
娘達がいなくなった家の中。絶えず四つの生命が走り回っている。僕が仕事をするために二階へ上がると、若い二つの生命が争うように階段を駆け上がってくる。しばらくして10歳を越えた老犬達がゆっくりと重そうに体を揺すりながら上がってくる。そして机に向かう僕の周りで彼等は会話をはじめるのだ。彼等の表情はよく見ていると刻々変わる。表情は体全体で表される。目、耳そして舌や尾の動き、さらに寝ころんだり仰向けになったりと、多彩に感情を表す。
自分達の間での会話に飽きたら、今度は僕に話しかけてくる。多くは散歩の催促か、おやつのおねだりだ。でも時には何をしているのか手元を覗き、それから僕の頬を舐めて尋ねる。いつまでしているの?って。それが次から次と順番で側にくるから、僕の方は仕事にならないこともある。それでは散歩に行こうか。僕が観念して立ち上がると四つの生命は輝きだして、一斉に階段を駆け下り玄関前に勢揃いする。
生命とは何なのだろうか、と僕は思う。かって小児科の医者をしていた頃、多くの生命の輝きと出会った。生命の輝きとの出会いは、自分の生命の存在を確信することでもある。我が家の四つの生命の存在。娘達もその出会いを楽しみに暮れに帰ってくる。来年は彼等の年でもある。