主張



 雪が熔けて次第に緑が増えだし、小樽の町にも朝がやってきた。運河周辺も石狩湾も、そして背後に連なる山々も、自分たちの存在を主張しはじめてきた。長い冬眠の間にエネルギーを十分蓄積していたといわんばかりに、一斉にさえずっているかのようだ。自己存在の主張は、お互いに生きるエネルギーの交換となる。若いカップルの間でも、親子の間でも、ペットとの間でも、それはお互いに生きている証ともなる。
 今、小樽の町も明るい春の光の中で、次第にその存在を主張し始める。運河、古い街のたたずまい、美しい山に向かってせり上がってゆく街の光景。多くの観光客がやってくる町だ。訪れる人々はこの町からエネルギーを享受しようとする。そして、街は人々から、街が生きてゆくためのエネルギーを与えてもらう。
 街のエネルギー。それはこの街に生きている人々の主張だ。家族の場合も、国家の場合でもそれは同じ。主張、それは色彩でもあり、調べでもあり、ポエムでもある。良い言葉での語りでもある。すなわち創造、そして文化なのだ。良い文化を求めて、人々は行き交う。IT時代、無限の情報は得ることが出来る。だがエネルギーは自分の感性でしか受け止めることができない。今、我々は何を主張しようとしているのか。この明るい朝、僕は考える。