春に夢みる
二、三日前は遠慮がちに、残雪の割れ目から色白の顔を覗かせていたフキノトウ。今朝は植物の生命の証でもある葉緑素の淡い緑色が、体全体に息づきだしている。周りを流れる雪解け水が、朝日にきらめいている。フキノトウが春の光の中で輝きだすとき、僕は今年はじめての夢を感じる。全ては眠りから覚め、活動しはじめる。その中で僕は生きるエネルギーを補給されるのだ。
小さな流れを作った雪解け水が近くの小川に注いでゆく。耳を澄ますと、間違いなく自然の奏でる旋律が聞こえてくる。暖かい日差しの中でその側に立っていると、僕は時間を失う。そこでは春という言葉は必要ない。全てが息を吹き返し、エネルギーが辺り一面に満ちてくるのは、生あるものは皆感じ取ることができるはずだ。季節が春から夏に向かうとき、全ては躍動感に満ちてくる。日差しの変化と歩調を合わせて、景色の中の色彩感が高まってゆく。そして何よりも衣服がどんどん身軽になってゆく清々しさ。それは本当に生きている実感を与えてくれる。生きている実感。それは明日に対する期待感でもある。僕にとっては夢と同じ。夢は正しく生きてゆくエネルギーの源なのだ。我が家のペット達も春の日差しの中で、楽しそうに庭を走り回り出した。緑がもう少し増えたなら、郊外の公園に連れてゆこうと思う。そこで彼らと一緒に春を共有し、生きる夢を見るのだ。