感性の共有
読書をする時間がなくなってきたのは、若者だけではないかも知れない。テレビ関係だけでもチャンネルが無数にあるし、さらにインターネット回線に入ると、これまた無数の情報に出会う。私のようにいくつかのホームページを主催していると、その維持だけでも相当な時間を費やしてしまう。
かってはハードカバー一冊を2時間ほどで読んでいたが、今ではその片鱗すらなくなった。題名や目次から内容を嗅ぎ分けるしかなくなっている。そうした動物的本能は若い頃に身に着けた。でも小説だけはそうはいかない。若い人の創作は、その感性を感じ取れない限り、内容の理解は無理なのだ。
若い人達の感性に触れるには、やはりホームページを訪問するのがよい。インターネットの世界では無数の若者のページが公開されている。創作のページなどはおおいに参考になる。そこで、稚拙だとか、独りよがりだとか、大人の言葉を使ってはいけない。我々だって多かれ少なかれ同じなのだから。
彼等との関係作りは、側に座る恋人や親友の呼吸を感じ取る作業に似ていると、最近思っている。別な表現をすると感性の共有だ。そのためにも彼等の書いた本、ホームページはおおいに参考になっている。