医療と保健行政の狭間で


 個人の健康支援が業務の主題となるという意味では、医療と保健行政は似ている。前者の役割は、個人の心身の健康状態の把握と、必要に応じて健常状態へ復帰のための治療である。後者の役割は、個人の集合体としての社会全体の健康管理である。両者の間に横たわる本質的違いは、保健行政では個人よりも社会全体の利益を優先することである。ワクチンが良い例だ。個人的に、自然経過で治すから特にワクチンは必要がないと言っても、その個人から、周辺に感染が拡大することを行政側は懸念する。社会全体に危険な感染症が拡大するのを防ぐことは、行政の責務であるから、ワクチンという手段によって、社会全体の健康危機を未然に防ぐのだ。
 医療の現場では、患者個人の健康の回復を目的にする。そこでの会話は本音が中心となり、人間的言葉を使うから、会話の流れの効率は悪いが、言葉には優しさが宿っている。一方、保健行政では、社会システムの管理を目的化している行政の一組織のせいか、本音の会話は少なく、効率の良い建前論で会話は進む傾向が強い。多用される言葉は機械的言葉で、優しさを宿した真の言葉は駆逐される傾向にある。人間的言葉を失った話し合いでは、業務本来の真の目的さえも見失われてゆく。強大化した行政の中で真の言葉を取り戻す努力が、今、我々には必要なのかも知れない。