心の公害
レイチェル・カーソンは五大湖のほとりで、春に鳥の鳴き声が聞こえなくなったことに気付いた(著書沈黙の春)。この女流研究者の感性が世界の公害問題の端緒となったことは有名だ。
今我々の周りには春の季節が取り巻いている。我々はこの季節を感性で捉えることが出来ているのだろうか。ふと思う。カーソンのように「なぜ鳥の鳴き声が聞こえなくなったのだろう?」という素朴な感性を失いつつあるように思う。
春の中には何があったのだろう?自然が春をもたらし、それを感じた我々の生活は新しい季節の第一歩を踏み出す。そのとき人の心の中では仄かな躍動感が起きる。なぜなら春は生物を含めた自然の開始なのだからだ。
春の中に失われたもの。「子供達」の姿と声が聞こえなくなった。朝早くから活発に聞こえた子供達はどこに去ったのだろう。