小樽の五百羅漢像
そこは汐見台の急な九十九折りを上っていったところだ。小樽に約十六年住んでいても、この伝統ある古い町では、いまだ異邦人でありつづける僕にとって、その場は安らぎの場所の一つともなっている。お堂の中に安置された羅漢像たちは、仏教、特に小乗仏教での修業僧の像なのだが、室町から江戸時代末期までに作られた五百体余が安置されている。寺は曹洞宗の宗圓寺と書かれているが、宗派はさておき、はじめて相対したとき僕はその羅漢像たちの、時空を越えた無言の「語りかけ」にしばし心を奪われた。
羅漢像といっても江戸末期の像は修業僧ではなくお寺の和尚さんに近いが、もっとも古い室町時代の羅漢像には、その時代の武士をも思わせる怒りの顔、苦悶の顔、そして安住の地を見いだしたような安らいだ顔と、様々な表情がある。怒りの顔を見つめていると、その怒りの源が自身の「心の空間」の中に見えてくるし、安らいだ顔を見つめていると、「心の空間」がゆっくりと広がっていくのが自分でも分かる。
薄暗いお堂の中を羅漢像たちの列に沿って歩いていると、不思議なことに僕の両耳の奥で旋律が流れ出てくる。その旋律には音の高低やリズムはないのだけれど、良く耳を澄ましてもそれは間違いなく旋律なのだ。
数回足を運んでいるうちに僕はあることに気が付いた。お堂に入った正面に安座している、大きな釈迦如来像を見つめている時に聞こえてくる、「無音」の旋律がテーマ(主題)となって、それから回る羅漢像たちの前でそのテーマが変奏されていくのだ。テーマは、無心でわだかまりの無い透明な旋律だ。
ゆっくりと各羅漢像たちの前に立つと、そのテーマが時には悲しく、または明るく、そして荒々しくもなる。ある羅漢像の前では人間的な喜びの旋律にすら変わる。
それは正しく音楽における「主題と変奏」と同じだ。前古典期に発達したこの様式の音楽は、テーマが最初に演奏されて、そしてそれが次々と変奏されていく。中には単に表面的で技巧的なものもあるが、音を媒体として心の内面的諸相を表現しているものも多い。
あるとき僕は、バッハの有名なゴールドベルグ変奏曲をCDで聞きながら釈迦如来像の前に立つという、無謀なことをこころみた。テーマのアリアを聞きながらしばらく如来像を見つめた。如来像の姿と十二音階からなるアリアが馴染むまでにはしばし時間がかかった。アリアの色を耳で聞き、如来像の姿を目で見ようとしているうちは難しい作業だった。しかし次第にアリアの色が消えて、奥から「音の無い」旋律が聞こえるようになると、目の方も如来像の「形の無い」姿が見えてくるようになった。そしてそれから僕はゆっくりと羅漢像たちの前に立った。
アリアの各変奏曲と通じる羅漢像を探しながら、僕はお堂の中をゆっくりと歩いた。しばらくして僕は自分の目論みが見事成功したのを知った。ゴールドベルグ変奏曲は神の庇護の下に生きる、人間の心の諸相を現すかのようにさまざまと変幻して変奏される。だから個々の羅漢像たちがこちらの感性に伝えるものと共通してくる部分が多いのだろうか。バッハの音楽は(キリスト教)哲学的感性に満ちあふれている。羅漢像を彫った人々もその(東洋または仏教)哲学的感性が豊かだったはずだ。時空を越えた、もちろん宗教も越えた、人々の「心の空間」の共有の事実に僕は感動を覚えた。
かって住んでいたドイツの田舎の古びた礼拝堂にこの羅漢像たちを安置したとしても、何の違和感もないと思う。そこでゴールドベルグ変奏曲がチェンバロで弾かれたとしたなら、ドイツの人々は安置された羅漢像たちに存在する、五百年以上も昔の日本の人々の「心の空間」と、神に仕えたバッハの「心の空間」、そして我々現代人の「心の空間」が共有されて、そこに「普遍的調べ」が流れているのに感動を覚えるに違いないと僕は確信している。
お堂からゆっくり出ると遙か彼方に石狩湾の対岸と、そして天気が良ければ暑寒別岳の頂がよく見える。春には湾の上に霞(かすみ)が、そして秋の朝にはうっすらとした白い靄(もや)が込めている。目を細めてこの広い視界を眺めることによって、僕の心の変奏曲は最後のアリアを迎える。そしてその「普遍的調べ」はさらに自然の中に溶け込み、僕の「心の空間」は大気と同化していくのを知る。
古き時代からの町には、先人達が築いた伝統が目には見えなくても生き続けているのだが、実はその伝統なるものが、先人達の「心の空間」と自分自身の「心の空間」の共有であることを気づかせてくれたのは、この汐見台の五百羅漢像たちだった。