三つのギター曲
良い音楽であればあるほど、生涯にわたって聞き続けることが多い。僕の場合、バッハの無伴奏チェロ組曲などがあるが、他に若い頃ギターを弾いていたせいもあり、ギター曲のいくつかは学生時代から頻繁に耳を傾けることが多い。それは決して何かを回顧するとか、精神的に逃避するとか、そういった類のものではなく、曲の中に一生を通じて、自分の年齢とは無関係に、感性を刺激する何かがあるからだと思っている。
タルレガの[アルハンブラ宮殿の想い出]はそういう中でも代表的な曲である。
この曲は学生時代から、数十年近く経た今でも聞き続ける。何かの折にBGMのつもりでCDなどをかけても、すぐに手を休めて曲想の中に引き込まれてしまうのだ。バッハの音楽の場合も状況は同様だが、バッハの場合、なぜか多くの論理が頭の中をかけめぐる。分かりやすく言うと、バッハの場合は、仏教哲学でいうところの[常識]が覚醒してきて、神への傾倒とか、[人の世の不条理性に対する嘆き]とか、悲しみから希望へのモチベーションとか、さらに論理的な感性刺激とか、そんな複雑な作用をもたらす。しかしタルレガの場合はそんな複雑な作用はなく、極めて素直に私の感性を通じて内部に入ってくる。それがロマン派作品の特徴と言ってしまえばそうなのだけど。
アルハンブラ宮殿の想い出は、忘れ去った[アルハンブラ宮殿]を回顧させる作用を持っているのだ。忘れ去ったというのは今という時点から見た場合であるが、学生時代は遠くに幻想のように見える[アルハンブラ宮殿]であったと思うし、また時には現実の生活の中で垣間見る[アルハンブラ宮殿]であった。それがいつしか通り過ぎてしまった[アルハンブラ宮殿]を回顧するようになってきている場合もある。もっと間違いのないように正確に記述すると、かって夢見た幻想のようなロマンを思い出し、そのロマンを今でも自分が求めている意識を確認できる喜びが仄かにわきおこる、という表現が、この曲を聞いたときの僕の心象として正しいような気がする。
フランシスコ・タルレガは19世紀末から今世紀にかけて活躍したスペインのギタリストであるが、他にも多くのギター曲を残している。音楽史上、後期ロマン派ともいうべき分類に属するが、この曲が世界中で愛されている理由は、単にロマン派作品の中でも馴染みやすい旋律だからということではなく、旋律の彼方に、上述したような、絶えず遠望できる[夢]を抱くことができるせいだと僕は思っている。
[アルハンブラ宮殿]は誰の心にも存在している。クラシックとしては短い曲ではあるが、聞くたびに僕の心の中に現れる光景は異なる。あのときの彼女との語らいの光景であったり、夜の街角で涙を流しながら去ってゆく彼女の後姿、そしてそこから前方にさらなる幻を追い求めようと決意したときの自分の心であったり、また別なときには、いまだ見えない[不条理性]を解く大いなる存在に対する夢であったりもする。
アルハンブラ宮殿は確かに美しい。夕陽に染まった真っ赤な塔は自然の現象を超えて見るものの心に、自然が呈することが出来る以上の美的感覚を呼び起こす。それは正しく人の夢なのである。そしてこの名曲は、芸術だけが果たすことのできる人への作用をもって、見事に「アルハンブラ宮殿」を私たちに提示してくれるのである。
若い人達も含めて【禁じられた遊び】というギター曲を知らない人は少ないと思う。これは半世紀も前に作られた映画の主題曲だったことも広く知られていることである。
この古典的名作であるモノクロ映画は僕の心に残る映画の代表でもあり、そのテーマ曲は今聴いても新鮮さを失っていない。
幼い少女ボーレットの目を通して、理不尽な戦争さなかの大人の世界を映してゆく、ルネ・クレマンのこの傑作は、意外と表面的に感傷的にとらえられたと思う。
確かに反戦映画の代表であることは間違いはないが、その手法が極めて詩情的であり、それがために見る者の心に深く印象が刻まれるのである。見る者は戦争の悲惨さという表層的感情よりも、もっと深い幼い子供のいたいけな感性に涙を流す。
パリから疎開する途中で、ドイツ軍による機銃掃射によって両親を失ったポーレットが、年上のミシェルと共に「十字架遊び」に日々を過ごす毎日の情景は詩情に富み、またフランス人特有のユーモアも潜む。
そうした二人の、周囲の大人に内緒の「十字架遊び」が幕を降ろされ、ミシェルと引き離されたポーレットは孤児院に収容される。「ミシェル、ミシェル」とつぶやきながら泣きじゃくるポーレットの耳に突然「ママ!」と叫ぶ子供の声が聞こえてくる。その瞬間ポーレットの感性は、失った自分の母の存在を取り戻す。「ミシェル」というポーレットのつぶやきは「ママ」に変わり、そしてその声は次第に大きくなり、ポーレットは孤児院の雑踏の中を、死んで久しい母を探して消えてゆく。カメラアングルは次第に高くなって雑踏の中に消えてゆくポーレットを映しながら終わる。
これは確かに戦争が引き起こした悲劇であることは間違いのないことだが、見る者はそうした悲劇に涙を流すのではなく、親を失った幼い子供のいたいけな悲しみを共有して涙を流すのである。その悲しみは、人であれば誰でもが共有できる、心の奥深い部分に由来するものであるから名作として残っているのだ。
モノクロ画面であるが、かえって見る者の心の中に自由な彩色が施されて記憶の映像として残る効果をもっている。天才監督ルネ・クレマンの代表作である。
一方音楽を担当したナルシソ・イエペスはまだ24歳頃だったはずだが、ルネ・クレマンに請われてこの名作の音楽をギター一本で創りあげた。イエペスによると脚本を完全に暗記してから、各場面を自分でイメージしながら曲を構成したらしい。主にスペイン民謡といわれるロマンスを中心に構成されているが、フランスのJPラモーや、古いスペインの作曲家であるロベルト・デ・ビゼーの小品も織り込まれている。
僕が一番感激している部分は、ポーレットが孤児院で突然泣きだして、「ママ、ママ」と言いながら雑踏の中に消えてゆく場面で、イエペスは主題でもあるロマンスを弾くのであるが、長調に転じた旋律に、高音で副旋律をつけたことである。これにより音楽はさらに深みがでて、単なるいたいけな少女の悲しみへの思いから、もっと深い普遍性のある”悲しみ”の感情を見る者に引き起こす効果をもったのである。
子が親を失い涙を流す光景に、深い悲しみを覚えない人間は数少ないはずだ。それはなぜだろうか?
同じように親を失った幼い動物たちにも全く同じような感情を抱くはずだ。それはなぜだろうか?
この名作はそのような問いを僕に向かって発していた。その問いは僕の感性を通じて、僕の心の根幹の部分を揺り起こす。そのとき僕は戦争の悲惨さを感じるだけではなく、親子の愛、そして人と人との間に存在する愛に気づく。ルネ・クレマンとイエペスの意図はそこにあったと思っている。
クラシックギター曲の中でもバッハの曲は解釈も技術的にも高度なものの一つだ。ギターの場合、弦を押さえ損なうと音が出ない。左手で一番多い場合で六個の音を作り出す。そのときどうがんばっても自分の技術では無理な場合がある。バッハの無伴奏バイオリンのためのパルティータからの編曲である【シャコンヌ】も、そうしたギターの難曲の一つである。
神と人との架け橋とでもいうべきこの【シャコンヌ】の解釈は難しいと言われる。ギターで最初に弾いたあのアンドレス・セゴビアでさえ、狂信的バッハ愛好者から、神の冒涜だ、と言われたらしい。いまだギターが単なる世俗的楽器と思われていた頃の話だ。
僕が最初にこの【シャコンヌ】のギター版を聴いたのは学生時代で、奏者はナルシソ・イエペスだった。ロンドンレーベルのLPだったが、それを購入するために家庭教師で得た小遣いの半分を費やした。
イエペスの透明なガラスのような音で始まる最初の和音は僕の音楽観を完全に変えた。パイプオルガンのように滑らかに流れる高音の早いパッセージ。二部に入って明るく奏でる神の国。僕は完全にシャコンヌの虜になってしまった。それから僕はバッハの世界に入っていったのである。
【シャコンヌ】はバイオリンはもちろん、ピアノ、そしてオーケストラと様々な演奏がある。どれも素晴らしいのはもちろんだが、ナルシソ・イエペスほど神を意識した演奏はないように僕は思っている。その演奏は厳しい修行僧の祈りのように聞こえてくるときもあるし、時にはイエペスが神を語っているようにも聞こえる。イエペスは間違いなく、譜面に忠実に(ここが奏者によって見解が分かれるところなのだろうが)バッハを弾いているのだが、その端正な調べは、イエペスと神の対話のように僕には聞こえてくるのだ。
イエペスの演奏は何度も聴いた。またドイツ留学中にも聴いた経験がある。二晩連続の演奏会だったが、そのプログラムの中にも【シャコンヌ】はあった。静まりかえった教会の中で厳かにあの最初のロ短調の主和音が鳴り響いたとき、僕は間違いなく時空を超えて神が存在しているような感覚に陥っていた。
その頃僕は、自分が臨終近いとき枕元でイエペスのシャコンヌを流して欲しいと真剣に思ったものである。
音楽とは実に不思議なものだと思う。僕は日曜作家でもあるが、文学は言葉の羅列の背後に書き手の感性からの産物を忍ばせる。そこでは知性というものが媒体となる。絵画は視覚を介するが直接感性に訴えかける。そして音楽はとなると、音を介するのは間違いはないが、これも直接感性に訴えてくる。なぜ僕がバッハのシャコンヌが好きなのか、それを分析する手段はない。【シャコンヌ】を感性で受け止めるには知性が必要なのだろうか。またそこで使われる旋律、和声、そしてリズムを理解するためには、古典音楽を長らく聴いていたという経験や知性などが必要なのだろうか。残念ながら僕の音楽美学に対する素養では答えはだせない。
二百年も三百年も昔に作られた曲を、現代人の感性が受け止めることが出来るとは、驚きではないだろうか。飢えやペストの流行で大勢の人間が死んでいた時代に作られた音楽を、現代の僕達が耳にして、そしてその中に存在している、訴えかける【何か】を感じ取ることが出来る。それはもちろん絵画でも同じ事だろう。僕達は感性を介して【何】を感じ取っているのだろうか。その【何】かは当時の人々の【何】かと同じものなのだろうか。僕はそこに興味を持つ。
昔の人は【何】を表すとき悲しみの旋律を用いたのだろう。その悲しみの旋律は見事に現代の僕達の感性に悲しみを伝える。その悲しみは僕達それぞれにとって異なる光景を映し出しているはずだ。【人の死】、【恋人との別れ】、【職場での人間関係の辛さ】など色々光景はある。その光景は、昔の人達がその悲しみの旋律を聴いたときの光景とは違うはずだ。
ここで僕はイエペスの弾く【シャコンヌ】の調べに戻る。あの悲しみを秘めた厳かな和音の連なり。そこには明確な光景はない。音はただ僕の感性を介して心の奥底に、光景のない、厳かな悲しみを静かに伝えてくるのだ。それは全ての【悲しみ】の光景の根源のように僕は感じる。イエペスは(バッハは)その根源を神の前に提出しているのかも知れない。いや提出ではなく、哀願といったほうが近い。【シャコンヌ】という曲は、そこまで完成された音楽なのかも知れない。少し難しい表現を許してもらえるのなら、全ての色香を昇華し尽くしているのだ。
昔の旋律に感じ取る【悲しみ】や【喜び】は、その根源が同じだから現代の僕達にも伝わってくるのだ。僕はそう思う。聴く者の中に映し出される光景は異なっていても、その感情の根源は同じ所にある。言い換えるならば、感情の根源から作り出される光景は時代によって変わるが、人としての感情には普遍性があると言える。それ故芸術が存在し得るのだ。
僕が若い頃から聞き続けている【アルハンブラ宮殿の思い出】、【禁じられた遊び】、そして【シャコンヌ】、それぞれ聴いているときに僕の心の中に映し出される光景は年によって変わっているはずだ。しかし曲によって引き起こされる感情の根源は同じものだと僕は感じているし、信じてもいる。
先にも書いたが僕は日曜作家でもあるし、保健所長という行政の中での責務も与えられている。考える対象(上述でいうところの光景)は違っても、その奥底に存在する根幹部分の観念はやはり普遍性あるものだと思っている。