炎のアランブラ


        
 それは予期せぬほどの反響だった。札幌の教育文化会館大ホールとは言っても5、6百人の観客数で席が埋まってしまう程度だったから、ギターのリサイタルには丁度良い広さだった。
 Y嬢の演奏は観客を完全に一体化していた。レコード芸術で絶賛されていたとは言え、ここまでの演奏は他ジャンルでもなかなかない。僕は最後のバッハのパルティータに呼吸をするのも忘れていたようだ。多くの聴衆もそうだったとみえ、小節の最後の休止符を床を見つめたまま黙祷にも似た姿勢で終えた彼女に、大きな深呼吸があちこちで起こってから爆発的な拍手がわき起こった。
 まだ21歳の若さではあったが、決して早いデビューではなかった。同じくギタリストの山下の世界的デビューは15歳、バイオリニストの伊藤もそのような年齢だったはずだ。
 僕は彼女が3年前にA文学賞候補にノミネートされたときから知っていた。スペインの詩人、ロルカの書いた戯曲、血の婚礼を題材にした自由奔放な文章だった。文法は所々省略されてはいたが。
 うつむいたアリシアの項にむかって恋人のペトロが自分の腕よりも長い山刀を、毒蛇の首を切り落とすように振り下ろす。アリシアの頸動脈から深紅の生暖かい液体が吹き出し、それはペトロの足の下の岩から崖の下に向かって三筋の流れをつくる。しばしの静寂。自分に気がついたペドロはとつぜん、アリシア!と叫び声をあげると、岩肌をしずくのように伝って落ちるアリシアを追い始める。
 このような出だしで始まる18歳の日本人の女の子の感覚に僕は興味を持った。画家の母親と小学生の頃からスペインのマドリッド郊外に住んでいると報道されていた。
 この彼女の小説は日本では文芸評論家の間でしか話題にならなかったようだが、スペインではスペイン語で書かれたものがかなりの反響を呼んでいたらしい。
 その後僕が彼女についてふたたび情報を得たのはCDをヨーロッパで発売したときだった。スペイン古謡を自分でギター曲にアレンジして吹き込んだものだった。武満徹を思わせる間の取り方が新鮮だった。先にも書いたが、権威あるレコード芸術で絶賛された。
 いったい何者なんだろう、と思ってレコード芸術の解説を読むと、グラナダ大学芸術学部美術科三年生で、ギターの方は幼少時からあの有名なギタリストのN氏についていたとのこと。
 なるほど、僕は納得した。あの小説の出だしの絵画的、そしてシンフォニックな感性が理解できたのだ。CDの表紙絵は彼女の描く古都、トレドだった。その抽象的手法と色使いは僕の感覚を越えていた。
 彼女がアンコールのドビュッシーを弾いている間に僕は楽屋へ向かった。どうしても話をしてみたかったのだ。ギタリストとしての彼女よりも小説を書く女の子としての彼女に興味があったのだ。
 作家で音楽評論家のM氏の紹介状を持っていたからマネージャーは快くY嬢に面会させてくれた。
 Y嬢はここまでチャーミングになれるものかと思うほど魅力的な表情をした。それはたぶんに、幼少時からスペインで生活していたせいかも知れない。はい、と答えるとき、かすかに頭を横にふった。日本の女の子にしてみたら、ややきついほどのアイラインは豊かな頬と口元の筋肉の動きに合った。
 ---あのシャコンヌの終わりのトリルはもう一呼吸欲しい感じがしますね。
 僕がそう言うと、
 ---私にはあれでも少し長いんです。
 と少し訛りのある言葉で答えた。
 ---あのトリルは、心の葛藤を整理する部分のように僕には思えるんだけど、あなたの年齢では簡単に整理できるのかなあ。
 彼女は少し怪訝な顔で僕を見つめた。意味がつかめなかったのだろう。しかしその時の表情は今でも忘れることはできない。
 僕は彼女に僕の書いた本を手渡して別れた。それは中編の小説を三つほどまとめたものだったが、その中のアランブラ宮殿の塔から飛び降り自殺する、天才ギタリストをテーマにした小説を読んで欲しかったのだ。僕の自信作だった。文芸批評家の間では話題にされなかったが。

 二ヶ月くらいたった日の朝、いつも通りパソコンのスイッチを入れてインターネットにつないだ僕は、まずメールチェックにはいった。いつも二三通はメールが入っている。しかしその日のメールボックスにはY嬢の名前があった。
 Y嬢がインターネット・メールを!僕は急いでメールを開いた。
 ・・・心の葛藤について勉強しました。非常に難しい日本語です。私には分かりません。教えてください。
 Y嬢は手紙にそう書いて、三分間ほどの演奏をREAL AUDIOを使ってメールに同封してきた。あのバッハのシャコンヌの終わりのトリルの部分だ。以前よりもさらに短く感じられる。味気なかった。
 僕は自分の文才の無さを恥じた。あの小説は医師でありギタリストである主人公の心の葛藤をモチーフにしたつもりだったのだ。少なくとも彼女には伝わらなかった。あの作品を評価してくれない文芸評論家を罵った自分だったが、今になって自分の力の無さを知ったのだ。
 ”心の葛藤”とは文章でどう表現したら良いのだろう?
 病院のKに相談した。
 ---小説家に相談したら?
 Kはそう言って笑った。彼は外科医だが絵を描く。
 ---二十歳過ぎの女の子には難しい概念なんかなあ?
 僕は悩んだ。
 ---スペインの画家を見ても、あまり内向してないからね。風土が違うし、世代も違いすぎるし。
 ---でもさ。音楽家は結構内省的なんだよなあ。最近ではモンポーがいい例さ。すごく詩的なピアノ作品を残しているけどねえ。心のどこかに小さな穴を開けてそこから外を見ているような。しかし心の奥行きはあるんだ。
 結局Kが言うところの世代の違いが大きすぎるという結論が妥当なように思えた。
 それからY嬢とのインターネット・メールによる文通がはじまった。三ヶ月ほど経った頃Y嬢は二枚目のCDをドイツのグラモフォンからだした。バッハのバイオリンのためのパルティータ集だった。Y嬢は発売前にそれを送ってきた。
 Y嬢には申し訳なかったが、僕はその演奏が気にいらなかった。あまりに現代的すぎた。空間と空間をイメージが飛び交っていた。それは現代音楽の演奏だった。
 僕は一言だけコメントした。
 ”聞き手に何を伝えたいのだろうか?聞き手の心に糸を張る作業が必要に思えるね”
 僕の予想に反してそのCDはドイツで賞をとった。彼女は何も言ってこなかったが、僕はレコード芸術で知った。
 去年の秋、彼女は「タレガの芸術」と言うタイトルで、ギターのロマン派の代表的作曲家であるフランシスコ・タレガのCDを出した。三枚目だった。
 それはやはり空間をイメージが飛び交っていた。しかし素晴らしい演奏だった。特に「アランブラ宮殿の思い出」の低音の動きは、これまでセゴビアを除いて、どの演奏家にも出来得なかった旋律の立体化に成功していた。
 バッハは無理だけどロマン派は演奏できる。僕はそう思った。
 ”バッハは神への思いが強いけど、タレガは人への思いが強いんだ。ショパンのようにね。君にはロマン派以後の音楽が合う”
 僕はメールでコメントした。
 すると彼女から翌日返事が来た。パリからだった。
 ”神への思いと人への思いと、そこに心の葛藤が生まれるのかしら?”
 彼女は捉えていた。
 
 そしてこの二月に彼女はテープを送ってきた。彼女の作った曲の演奏だった。なぜかタイトルは僕の小説の題名と同じ、「炎のアランブラ」だった。
 豊かなメロディーの下にかなり複雑な和声が構築されていた。そして流れはしだいに調性を失っていき、ランダムな単音が空間を漂いだした。その単音の群は時にはぶつかり合い、時には迎合しあった。
 音の群は葛藤していた。
 そして曲は最後にギターの弦が切れる金属的悲鳴で終わった。意図的に演奏者が刃物で切ったようだ。
 僕はすぐにメールした。
 ”あなたのギターは僕の心にたしかに糸を張ってきた。それは真の芸術家がなしえることだと思っている。あなたは完成した。僕にはコメント出来る言葉はもうありません”
 そして二週間後マドリッドからメールが届いた。
 ”あの曲はTさんの小説のモチーフによったものです。あの小説の主人公の気持ちは良く分かります”
 この四月号の[純文学界]に彼女は久しぶりに小説を発表した。
 ロルカの長い白い指から無数の糸が天空に向かって張られる。彼はペガサスを引き寄せる。ロルカは咆哮する。そしてロルカは夕日で真っ赤に染まったギターを塔から投げる。ギターは燃え上がる。アランブラを真っ赤に染めながら。
 楽譜を言葉に置き換えたのだ。
 僕は彼女のテープを聞きながら何回も純文学界に目をむけた。僕の手の届かない才能をもった若い芸術家に感動しながら。